『象の消滅』(村上春樹)

村上春樹の小説には、すべて「魔物」がすんでいる、と思っている。

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991


いちばん好きなのは「眠り」という短編です。
世間的にみたら、幸福な専業主婦である女性。でも、ある日からいきなり眠れなくなってしまいます。まったく。しかも、それが苦痛ではないのです。彼女は、夜な夜な「アンナ・カレーニナ」を読みます。幼い頃、社会に出るための成長をしていいた頃のように…。


私は、眠ることが大好きです。「どんなに苦しい日でも、最後には眠りという幸福が待っている」ということを、江國香織さんが、どこかで書いていて「なるほど」と思った記憶があります。そんな、幸福を奪われた彼女。しかし、睡眠を失った彼女は、むしろ、健康で、家事、子育てだけに埋没する自分ではなくなるのです。


でも、それだけでは終わらないのが、村上春樹です。夜中に町にでた彼女の車を何者かにゆさぶられるシーンは、最初はトラウマになりましたが、繰り返し読むうちに、悲しみを帯びて、私の心に突き刺さります。自分の意識では、「逃げだしたい」「こんな生活、いやだ」という不満はなくても、気づかぬうちに、心の中にたまっている「ホコリ」のようなものが、ああして出現したのかなぁと思います。